認知症の親の介護で自己破産?(監督義務者の賠償責任)

 認知症の高齢の男性が鉄道内に立ち入り,列車事故で死亡しました。この事故に伴う列車遅延などによる損害の賠償が,男性の妻と4人の子供たちに請求されました。名古屋地裁において,男性の妻と介護にたずさわっていた長男とに賠償責任を認めた判決が言い渡されて,話題になりました。

 

 産経新聞の記事によると事実経過は次のようなもののようです。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/131107/bdy13110708420001-n1.htm
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 判決などによると、JR東海の線路内で列車にはねられ、死亡したのは愛知県内に住んでいた当時91歳の男性。同居の妻(当時85)は要介護度1で、横浜市に住む長男の嫁が2級ヘルパーの資格を取って近隣へ転居。通いで老々介護を支えていた。

 

 男性は要介護度4で認知症日常生活自立度IV。親族の代理人弁護士によると、尿意はあってもトイレの場所は分からず、着替えの際は家族が衣類を順番に手渡す状態。しかし、生活は穏やかで、男性がゴミ出しや街路樹への水まき、草取りをする際には、家族がガラス戸越しに様子を見守り、男性が故郷へ「帰る」と言い出せば、長男の嫁がいつものカバンを持たせ、男性の気の済むまで後をついて歩いていたという。

 

 事故は男性が通所介護から帰宅後に起きた。妻と嫁の3人でお茶を飲んだ後、男性が居眠りしたのを見て、嫁は片付けに立ち、妻もまどろんだ隙に男性はいなくなった。その後、線路内に立ち入り、列車にはねられ死亡した、との知らせが来た。
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 事故に伴う列車遅延などにともなう責任はどういう風に考えればよいのでしょうか。名古屋地裁の判断は次のような理屈によるものでしょう。

 

(1)本人の責任
 自殺などで列車事故を引き起こした場合は自殺した本人の責任となるでしょう。本人はすでに死亡しているので,相続人に対して損害賠償を請求します。たくさんの遺産を残していればともかく,そうでなければ遺族は相続の放棄の手続をするでしょうから,鉄道会社が手にする金額はわずかです。

 

(2)監督義務者の責任
 今回の事故のように本人が認知症のような場合は本人に責任能力がありません。その場合はこの人を監督していたものが責任を負うことになります。この事故では,認知症男性の妻と長男が監督義務者となったわけです。

 

 しかし,その責任の追及には釈然としません。いくつかその理由を挙げてみます。

 

(1)在宅での介護の流れに逆行
 政府は施設での介護をできるだけ減らして,在宅での介護を推奨してきています。しかし,この判決にしたがえば,家庭での介護者は寝食もせずに24時間の監視をする必要があります。それが,できないならば施設に入所させるのが監督義務者の務めということになります。

 

(2)介護を自分でしたいという子の気持ちを責められるものとして評価
 介護に積極的にかかわった者が責任を問われ,介護に消極的な者は責任を問われないという結果になってしまいます。

 

(3)自殺者の家族と介護をしていた家族の責任のアンバランス
 自殺者の家族は相続放棄を通じて賠償責任を逃れることができます。高齢で
認知症の人を抱えた家族は自己破産するほかは責任を逃れられません。たしかに,自殺は本人の責任です。また,監督を必要とする人の行為の責任は監督者にあるというのもわかります。しかし,自殺直前で判断力が極度に低下している人の行動と認知症の人との差は大きくないと思います。


 介護を引き受けたために過大な責任を負ってしまう状況は好ましくありません。この記事にあるように「社会で保障する仕組み」を作り出し,加害者側や被害者側の損失を軽減していくことが望まれます

 

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コメント: 2
  • #2

    神宮司公三 (土曜日, 14 6月 2014 23:33)

    おっくんさん,コメントありがとうございます。
     おっくんさんのような印象をこの裁判に持たれた方も多かったようです。

     監督義務者の責任は,監督義務者でなくなればなくなります。とは言っても,親は子の監督義務者ですが,親子の縁を切ることはできません。離婚,離縁は可能です。

     親は子の行動を監督する義務があると同じように,妻は夫の行動を監督する義務がある。この妻は夫を監督する能力はあると判断したのが,今回の裁判の結論です。
     しかし,自分自身が介護を受ける必要がある妻に夫の行動の監督をする義務を負わせるのが適当かどうかという点では意見が別れるとところだと思います。
     

  • #1

    おっくん (土曜日, 14 6月 2014 23:03)

    監督義務者の責任を事前に放棄しておくことは出来ないのでしょうか?

    このような無慈悲な判決が出るのであれば、防護策として例えば離婚・離縁をしておけと言うことでしょうか

    まるで、中国の「老人を助けるな。下手すれば損害賠償させられる」と同じでモラルハザードになりそうですが。